無料ブログはココログ

ケンちゃんのお気に入りリンク集

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

2009年3月31日 (火)

妻が編んだセーター@ホスピス

Dsc00807 Dsc00812 Dsc00814

下にいるのは1年前のカノンです。市民病院で編み出して約2ケ月の間に3枚妻が編み上げました。これは娘二人用です。もう一枚は六甲病院で完成したチャコール色の僕のがあります。しまいこんでいます。

そうです体力の限り体を動かしてました。カノンはもっと大きくなっています。

夕飯に重いものを食べない次女のために珍しく「かれい」を煮込んで用意しました。ものすごく喜んでくれました。

2009年3月29日 (日)

鈴木雄大@大阪 FINAL 心斎橋はこんな街

Dsc02048 Dsc02050 Dsc02052

上の写真が心斎橋筋です。^浪速の夜霧にガス灯が青くうるんで/君はくる^なんて歌もありました。この少し先に画廊喫茶「プランタン」という店が20代の頃ありまして、今はどうでしょう。中原中也賞の選考委員で東京芸大でも教えている、尊敬する詩人の佐々木幹郎さんが映画作りの件で東京から見えてお会いしたところです。70年安保を書いた詩集「死者の鞭」に”雨の日、プランタンにて”というサインをもらいました。狭い詩の世界ですが、70年代を代表する詩集です。

あとの2枚は「CLUB JUNGLE」というLIVE会場の玄関です。ここでしばらく雄大さんのリハを聞いてました。エレクトリックな音に心地良く浸っていたんです。例の@30のセミプロの若者もやってきて。谷村新司は音楽より詩人としての才能が・・なぞと話してました。開演まで少し時間があるので¥900のチャーシュー麺を食べに出かけました。オリジナルな麺で美味しいものでした。

そうそう冒頭の佐々木幹郎さんには後日、ノートに「名乗れよ歳月!」と大きく書いてもらったのを思い出しました。今も手元にあります。

以上、今回の鈴木雄大さんのシリーズでした。

鈴木雄大@大阪 4 お宝

Dsc02066 Dsc02067 Dsc02068

既に言葉は不要です。’07年リリースの「クロス・ザット・ゼブラ」に頂いたサインです。アーティストとして日本を代表するような存在の方から頂いたお宝です。まさに「宝」です。CDの盤面のみならず歌詞カードにも名前を書いてもらいました。

そして純正のピックは2年前に頂いたものです。「ありがとう!雄大さん!」。

次回この店の雰囲気などを紹介してとりあえずシリーズは終わりますが、雄大さんは不滅です!!

2009年3月28日 (土)

鈴木雄大@大阪 3 LIVE LIVE LIVE

Dsc02062 Dsc02060 Dsc02061

今回はLIVE中の写真ばかりです。真ん中は多分水分を摂っておられる雄大さんで、あとの二枚はMCとEBの吉池さん、そして心地よいリズムがピシッと決まっていたドラムの万作さんです。万作さんのドラムと雄大さんならピッタリはまると若い友人は始まる前から言ってました。確かにそのとおり、サポートしながらのドラムは実に心地よいものでした。勿論EBも決まってましたよ。ヒュージョンでなくJAZZロック(厳密にはどう違う?類推の域ですが)もやってるとかお二人のこと言ってましたね。

前のときはアコサウンドでしたが、今回はかなりのビートを効かせてのLIVEでした。5弦にトレモロレバーのEB、まだ結構レア?でしょうか。高い音域が1弦分広がるらしいです。今自宅でJ・ベッグのヒュージョンをDVDでよく観てます。JAZZロックはもっとフリーな要素が強いのでしょう。はい、この写真でカメラの背後に100人いる客のいるクラブ・ジャングルでの雄大ワールドを是非感じて下さい。次回はサイン他のお宝グッズ他を最後にUPいたしますね。

雄大さんの歌唱力の凄さ、ちょっとコメントにも書いてますが曲作りも凄いですがLIVEでないと感じにくいものもあります。ジャンルはコンテンポラリーで既成のものでないでしょう。歌う雄大さん、「詩旋律」とでも呼びましょうか、JAZZのアドリブではなく自然のLIVE中で出てくる独自の「フリーな歌い方」これに参ってるんです。まさにぶっ飛んでますその展開の素晴らしさは。どうか一度機会がありましたら「生」で聴いてみて下さい。嵌まってしまいますよ。マスコミがどうのという以前に恐ろしいほどの歌声ですよ。素晴らしいの一言です。本当にサイン会という感じでなく、音楽の話他10分ほど出来ました。分厚い掌でした握手の手を先に出して頂きました。「人間雄大さんの大きさ」も感じた凄いLIVEでしたよ。雄大さん、真代さんの歌うメッセイジソングには心も感じます。sign03

2009年3月27日 (金)

鈴木雄大@大阪 2

Dsc02056 Dsc02051 Dsc02064

上は雄大さんのLIVEの最中のものです。MCの時間を控えてひたすら歌ってくれました。時間内に音楽を届けたいという姿勢はどのLIVEでも変わりません。勿論名曲「飛び方を忘れた小さな鳥」、「ONLY ONE」等『HEART MUSEUM 』からの曲も盛り沢山です。やはりヴォーカルのみならず突出したメロディーメーカーですからノリノリのLIVEになります。

中の写真はクラブ・ジャングルの表で撮ったものです。雰囲気はいい会場です。早めに行ってリハの雄大さんを聴いてるとブラリと30代の若者がやってきました。バナナホールというLIVESPOTにも出た人で未だに音楽に全てをかけてみたいと、熱っぽく語ってました。ブラリと来たので雄大さん、KENJIROさん、新緑のJYOINTとも知らずに来た人。彼は当日券を買って入り、同じテーブルで聞きました。

三枚目の写真はエンディングのころ、キーボードはKENJIROさん、アコギの雄大さんと「新緑」のメンバーが揃い踏みです。若い人が何かの目的を持って頑張るから、音楽文化も受け継がれるのでしょうが、どの職業でも厳しい世界であるのは同じですね。ミュージシャンの方々それぞれが抱えておられる「夢」が実現するのを願いつつ。

このシリーズ、明日は雄大さんから貰ったお宝やサインも紹介します。

2009年3月26日 (木)

鈴木雄大@心斎橋 1

Dsc02053 Dsc02055 Dsc02060

昨日の大阪心斎橋での雄大さんとKenjiroさん、心緑のJOINTLIVEでした。7時にF&Rバンドの若いグループ「心緑」から始まりKenjiroさん、雄大さんの順番でした。10時過ぎまで白熱のステージでした。一応カメラはOKで一番前のテーブルがとれました。ただどうしてもLIVE中ですので遠慮しつつの撮影、躍動感が入るのは御了承下さい。

「心緑」は20代の若者5人?だったと思います。大阪を拠点にがんばっているらしいです。Kenjiroさんはキーボードでの一人舞台、かなり前に雄大さんと同じバンドをされてたとか、どこかサウンド的に近いものを感じました。この日の雄大さん、EBの吉池さんDの木村さんと共にかなりエレクトリックなものでした。後日UPしますが「クロス ザット ゼブラ」からの曲もあったのでしょうが、どうしても「アート・ミュージアム」の中の曲に体は反応しました。この「クラブ・ジャングル」という会場はスタンディングでも150人とか。満席でしたがテーブル席でしたので約100人の聴衆かと思います。

例によって圧倒的な歌唱力が吉池さんの5弦EB、万作さんのドラム、ご自身のキーボード、アコギに乗って披露されました。あらためてCDには収まらない天才的な歌唱力を堪能出来ました。関西連合のYさんも僕より少し遅めに見えてご一緒しました。他にいろんな方と出合ったLIVEでした。勿論「ゼブラ」にはサイン頂き、少しお話しもできました。

帰り際にKenjiroさんがフアンの方と話しておられ、(フアンは家が僕とご近所の夫婦の方でした)。Kenjiroさんは丁度NPO「国境なき楽団」の活動を関西でもしたいから、後日メールをと言われ僕に名刺をくれました。後でメールをします。勿論僕は名もなき詩書きのはしくれですが・・。雄大さんは2年前の「ヒポポタマス」のことをよく覚えておられました。セプコンJPのTシャツの話しや、僕が妻のことで昨年か今年始め?のLIVEに行けなかったことなど・・お話しできました。このLIVEは3度は続けてレポしますね。ちょっと早めに行き、セミプロ風の経歴を持つ方と軽食を摂ったりといろんな方とお会いできました。

この記事を書いているときにKenjiroさんからメールを頂きました。あくまで仮定の話ですが、いつかKenjiroさんの音楽と僕の詩のコラボで活動することがあるかも・・です。

2009年3月25日 (水)

坂田明トリオ@KOBE FINAL

Dsc02035 Dsc02042 Dsc02046

もう多くは語りません。壁に書かれたサインは過去に「木馬」に来たミュージシャンたちです。山下洋輔さんも書いてますね。どうしてか作家の小川洋子のサインまで。トークショーでもあったのだと思います。

坂田さんのUPですが「そんなに撮りたいの?」と休憩時間に2枚とった2枚目です。ユーモアセンスは抜群です。当然大真面目な人物ですが。

下の写真は今回のLIVEのポスターです。A4サイズで1枚店内に貼ってありました。MACでマスターが手作りされたものです。いかにもこの規模のLIVE用というセンスを感じさせるものです。くどくこんなハコでのLIVEは一番いいです。

2009年3月24日 (火)

坂田明トリオ@KOBE 2

Dsc02037 Dsc02043 Dsc02047

上は撮影禁止になる前の楽器を写したものです。中はピアノの黒田さん、丁度サインして頂いてるときにズームUPしすぎですが撮りました。

下の写真は購入した「ゆめ」という07年のアルバムです。前述の「貝殻節」も入っています。パーカッションを手にしながらの坂田さんの歌は言葉にならない、ある種の宗教性まで感じさせるものでした。

このアルバムちょっとデザインの関係でサインが分かりづらいですが、・・様と日付のある横書きが坂田さんのもの、右上が黒田さん、「ありがとう」と書いてくれたのが井野さんのサインです。売上はやはりNPOを通じて国際的な弱い立場の子供の援助に使われるそうです。先に食事は友人と済ませてました。LIVEは前売りで¥3800とお得でした。

BASEの井野さんはとても腰の低い方で「僕がサインしてもいいんですか?」と照れながら書いてくれました。あらためてJAZZの良さを認識したLIVEでした。

こちらが「ありがとう」と言いたい夜でした。

なおアルバムはAMAZONで買えるそうです。

坂田明トリオ@KOBE 1

Dsc02039 Dsc02041 Dsc02045

まず演奏中は撮影禁止でした。LIVEの終わりの上の写真鮮明でなくごめんなさい。坂田さんはご覧のとおりユーモラスな雰囲気の方です。アルトサックス、ソプラニーノ、ヴォーカルまでこなされてます。下の女性は神戸の方で深川和美さん、ゲスト歌手です。ピアノの黒田京子さん、ベースの井野信義さんで坂田明トリオ、深川さんが+1ということです。

坂田さん、基本はフリージャズですから年齢的な衰えのないもの凄いアドリブを堪能出来ました。J・コルトレーンやA・アイラーに近い世界です。ひたすら凄かったです、そのアルトでの叫びの音は。

おまけにご本人も「貝殻節」や「死んだ男の残したものは」なぞを、ちょっと言葉にならないブルースで歌ってくれました。ハコは30名、2時間半のLIVEです。久し振りに体で受け止める世界を狭い空間で体験しました。

明日は心斎橋で鈴木雄大さんのLIVEです。したがって坂田さんのレポ、もう一つ続けます。

2009年3月23日 (月)

もう少しで「木馬」へと・・

Dsc02021 Dsc02022

これは土曜に撮った三宮の写真です。LIVEは7時半からですが「木馬」はLIVE専門ではないので何時に入っても良いと。このあたりで友人と5時に待ち合わせ、軽く夕食してから「木馬」へと向かいます。

おそらく撮影は禁止でしょうが一応カメラは持参しますね。坂田明さんはJAZZのみならず村上春樹原作の映画「風の歌を聴け」でのマスター役で準主役も演じた人です。昨日は東大寺で大きなLIVEをされたはずです。レポも後日かきますね。

2009年3月21日 (土)

明日は^雨がシトシト日曜日^との予報で

Dsc02018 Dsc02020 Dsc02028

明日の日曜は雨の予報です。雨だと一人で外食しないだろうと、陽気ポカポカの三宮です。一人で「うを勢」~「JAM JAM」とまわってきました。そろそろリピーター扱いのようです。「JAM JAM」の二軒となりに「EBIAN」という老舗的なCOFFEE店もあるので撮ってみましたが、ちょっとお店の人が写りすぎてまして・・。

御影駅から梅田へ向かう阪急電車が動き始めてました。僕は逆向きの三宮行きに乗って最初は「うを勢」へと。ちょっと繁華街の青空を撮ってみました。まあ神戸も世間的には都市ですから。家の近くは緑が多いので、街の青空もたまにはどうでしょう?

「JAM JAM」本日は独身ですので”リスニングコーナー”へ座って、熱いブレンドを頂きました。美味しいコーヒーです。砂糖は入れません、ミルクのみ上に浮かべて飲みます。~どうでもよいですが。ここのトイレはかなり広くて古い映画のポスターが沢山壁に貼ってあります。それと自由帳というノートがあり、ちょっとしたものが書けるんです。詩の一節とか、高校を卒業されたばかりのDJ専門の女性店長(ふだんは店にはいない)の友人の短文なぞなぞ・・。僕も自作の一部を書きましたよ。

 少年の日のフルートが坂道を転がっていく

 あまいキャベツの芯をかじる物語の恥じらい      「少年」より

月曜の夜に次女は帰宅予定です。僕は古い友人と別のJAZZ喫茶「木馬」に坂田明トリオのLIVEに行きます。山下洋輔トリオにもいた有名な人です。前に「生活向上委員会」というノンジャンルを相当な感性でやってたサックスの人です。「生向委」あるいは「生上委」と呼ぶ人もいて『もう、負けた』って感じの音楽なんですが。

2009年3月20日 (金)

明け方の雨の後で・・

Dsc02003 Dsc02006 Dsc02008

明け方眠りながらかなりの風と雨を感じてました。昨日より気温は低いですがPMになると風は吹いてはいますが、少しは暖かいです。ちょっと花冷えというほど桜もまだですし、家で西日を受けて部屋にいると16度という気温以上に暖かいです。

前回と近いものを先程撮って来ました。食材一人分を買いにいく途中です。上は本日の青空です。中は新田川沿いの階段道、もう乾いた枯葉がこんなにたまってました。この金網の分積み重なってます。分厚さが分かるアングルで撮ってますので、この幅だけ落ち葉が重なっています。

下は前回と同じ場所からの港方面です。多少もやっていても黄砂は感じられないようです。明け方雨が降った後ですから。天気が持ち直したせいか、早めの連休の予定を決めておられたのか、近所も凄く静かです。我が家も僕一人ですが・・。

2009年3月19日 (木)

春霞の山そして港

Dsc01981 Dsc01983 Dsc01986

もう多くの言葉は不要ですね。20度を超えて晴れた春の日です。空を六甲山と共に撮っても港方面を撮っても、黄砂でしょうか花粉は写らないまでも春霞ですよね。今は晴れるとこんな感じのわが街なんですよ。僕は春だからと、特に苦痛なものはないですが。

淋しくないかい うわべの恋は/心を隠して 踊っていても・・小さなマンションあなたのために探しておいたよ 二人で住みたい^でしたかね?

なんて歌もありましたね。鳥羽の某HOTELで生で聞きました。かなり前です。高橋きよしさんの持ち歌だと記憶してますが。

2009年3月17日 (火)

迷子犬のお願い(改稿)

TEAM HOSONO JP


チワワを愛するブリーダーと
チワワを愛する愛犬家のみなさんの
楽しい情報いっぱいのホームページです。

私たちは健康で可愛い子犬づくりに
日夜努力努力しています。
ぜひあなたもどうぞ!


緊急のお知らせ

【お詫びとご報告】
(迷子犬エメちゃん・・・
行方不明となった
極小ヨーキー女の子・・・
  ご家族の皆様の現在の
辛い心情を至急ご報告いたします)

広島市西区の自宅から2008年10月30日
行方不明になったエメちゃん、

現在多くの心優しい皆様がこのエメちゃんの身を心配し
また無事を願い、一刻も早く自宅にエメちゃんが
帰宅出来る様ご協力下さいました事
お礼申し上げます。ありがとうございます。
大変なお手数をおかけいたしますとともに、
ご心配下さる事に感謝致しております。

エメちゃんのご家族に代わり
ご挨拶をさせていただきますのは
このヨーキーエメちゃん捜索について
取りまとめをしております
チームホソノJP
細野貴美と申します。

大変失礼ながら今更遅れながらの
ご挨拶になりましたことを
お詫び申し上げます。

大変申し訳ありませんでした。

2008年11月27日夜より
多忙な私に代わり
当方の研修生1名
(ハンドルネーム:若葉)が
直接このエメちゃんの
ご家族にお話しをお聞きし
エメちゃんの無事帰宅を願い
エメちゃんの行方を捜す
協力をしてまいりました。

現在ネット上で皆様のご協力を頂き
大変感謝致しております。

エメちゃんのご家族は
広島市西区在住の本中さんと言う
名字のご家族です。

行方不明のエメちゃんのフルネームは
「本中エメ」と言います。

2009年2月28日に
この本中エメちゃんを我が子の様に
育てていらっしゃったママ
(ハンドルネーム:えめろんさん)と
この私、細野貴美が直接電話でお話をした内容を
ご心配下さる皆様にお伝え致したいと思います。

まずは
ご心配頂いた皆様が
現在個人のブログやミクシィの日記などで
ご協力を頂いているのに・・・
この本中さん(えめろんさん)が
1件ずつお礼にお伺い出来ない事
コメントをお返しできない事を
どうかお許し下さい。

実はこのえめろんさんを始めとする本中家は
この私・・・細野同様の機械オンチであり
PC並びに携帯機種操作に不慣れと言う状況です。

そのため・・・
ネット上のマナーやルールに対しても
不見識な部分があり
十分な気配りもできず、非常識だと
お怒りをかうこともあったかもしれません。
本当に失礼があったことを
お恥ずかしく思っております。
本当にごめんなさい。

エメちゃんが行方不明となった事実を
何とか世間の方に、多くの方々に知って頂きたいと
思う気持ちから機械・ネットオンチな
本中エメちゃんのママ えめろんさんは
当方の研修生ハンドルネーム若葉の
協力の元ミクシィ日記もチャレンジされました。

しかし、不慣れな事につれ
実は想いを伝える内容の日記を書くことも
いっぱい・・・いっぱい・・・で
辛さを抑える状況だった事を
昨日お話し下さいました。

エメちゃんが自宅にいない!!
何処にいるの?
エメーーーーーーーーーーー!!と
なった2008年10月30日より
本中家の家族間では
激しく口論となる状況が毎日の様に続き
現在、言葉に表せないほどの寂しい思いが
家族の中で続いておられます。

この本中家の娘さん(長女:えめろんさん)が
生後間もない頃からのエメちゃんを
我が子の様に育てておられました。

日中お仕事に行かれる時間は本中家の
お母様にエメちゃんの子守りをお願いされ
仕事以外の時間は常にエメちゃんの側で
過ごしていらっしゃいました。

この様な状況からの突然の失踪に
この本中家の長女(えめろんさん)は
エメちゃん行方不明当日からの
激しい動揺と不安は
計り知れないものだった様です。

寝る時もいつも一緒
お互いの温もりを感じながら眠った日々

食べる時も一緒に。。。
えめろんさんが自宅にエメちゃんを残し
外出しようと 車のキーを手にしただけで

「ママ!!エメも一緒に連れて行って!!
一緒に行きたい!!」と

小さな体でアピールするエメちゃん。
そんな愛くるしい姿は今・・・
本中家にはありません。
エメの使用していた物だけは今も本中家に
そのまま置いてあります。

きっと!!エメは無事に!!生きてるはずだ!!
そう!!信じたいから!!
エメの物はすべてこれからも!!
このままに!!ずっと!!置いておきます!!と
電話で泣き崩れながらも
語って下さいました。

本中家でも出来る限りの手段でエメちゃんを
捜されていらっしゃいました。
そんな中に・・・
不安な事の現状もあったり
心ない者からの不安な
発言も多く言われたり

身も心も病んだ状態に
えめろんさんがなってしまった所に

昨年の年末近く
公衆電話からエメちゃんの
行方を知ると言う人物から
「広島市の八幡東の○○さん宅に
エメちゃんはいる。」と
有力な情報が?!と言う様な内容で
期待しながらえめろんさんは
急いで捜しに行かれたのですが
結果はデマ?からかい?イタズラ?…
何のために?で・・・

しかも疑いを持たれたお宅の家族から
名誉棄損罪で訴える!!とまでお怒りを頂き
謝罪でお詫びをするなどの
辛い状況になり
酷く現在は身も心も疲れ果て
食事もろくに喉を通らず8㎏も痩せてしまい
ミクシィの日記すら出来ない状況に、
えめろんさんはなってしまいました。
えめろんさんの日記などに
励ましのコメントを下さる方にも
お返事の1文字を書こうとする
その手は震え涙でいっぱいになり
辛いペットロスにも似た心情
心神喪失状態に
えめろんさんはなっておられたのです。

昨日のお電話の最後にえめろんさんは
私にお願い事をされました。
それは。。。
エメの事をご心配下さった皆様に
本当にありがとうございます、とお伝え下さい。
本当に本当に感謝しています、とお伝え下さい。
エメが無事でいる事を願いたいです。
と。。。
この様なえめろんさんの言葉を
ご心配下さる皆様に細野貴美が代わって
お伝えさせて頂きます。 
 
現在この本中エメちゃんをご心配下さり
個人のブログやミクシィの日記でご協力下さいます皆様
このままブログや日記の片隅に時折でも
エメちゃんを小さくでも協力し続ける事にしよう、とか   
もうこんなに・・・辛い心情の本中家なら・・・
エメちゃんの事を・・・無理をさせてまで
協力しない方がいいのでは・・・など
多々個人個人ご協力者の皆様で・・・
お気持ち、お考えが違うのでは?と
思っております。

今後のこのご判断につきましては
ご協力者の皆様、
お一人お一人のお考えにお任せしたいと存じますが
よろしいでしょうか?

エメちゃんが無事であってほしいと願う想いは  
本中家同様にご協力者の皆様も一緒である事は
今尚変わりがないものであると思っております。

最後に
本当にご心配頂いた皆様に
多大なるご協力を頂いたにもかかわらず
この様な本中家のご家族の現状の辛い心情を
早くお知らせ出来なかった事を
どうぞお許し下さいませ。
早くお知らせ出来なかった事に心よりお詫び申し上げ
深く反省致しております。

そして
もしも!! 現在このエメちゃんであろう。。。と
保護をされていらっしゃる方
また保護をされている方を
ご存じだと言う方がいらっしゃいましたら
どうか・・・ご連絡下さい。
(携帯電話)090ー2005ー4409 細野まで
密かに内密に致します。
個人情報が一切わからぬ様に致します。
エメちゃんを本来のお家に帰宅させるにあたって
一切のトラブルが無いようにお約束を致します。
どうか。。。この私を信じて下さい。
お願い致します。


本中家並びに協力者を代表して
チームホソノJPスタッフ一同

探してます!!
広島市西区井口付近で迷子のヨーキー





2008年10月30日(木曜日)

広島市井口明神アルパーク近くの自宅から行方不明の
ヨークシャテリアもうすぐ3歳の女の子エメちゃんを
探しています。

心優しい愛犬家や命を大切に思う方々が
このエメちゃんを心配しご自分達のブログなどで
エメちゃんを迷い犬として心配しエメちゃんそして
エメちゃんのご家族の為にエメちゃんが早くお家に
帰られる様 
願いこのエメちゃんを紹介されています。
そんな中の一人の愛犬家が当方に
協力していただけませんか?と
お願いされ昨日2008年11月27日夜
当方の研修生の1名がエメちゃんのご家族と
直接お電話でお話しをお伺いし
現在エメちゃんと離れ辛い生活の心情を聞き
エメちゃんの行方を少しでもわかればと
当方でもご協力させて頂く事となりました。
エメちゃんのご家族はエメちゃんが行方不明になった
事実を行政に届けておられます。
そのためエメちゃんの命に対する親権(所有)は
今後限りなくエメちゃんの本来の家族に
法律上(所有権)としてありますので
どうか皆様エメちゃんが一刻も早くお家へ帰り
家族と暮らせる様
ご協力をお願い致します。
大切に育ててとてもエメちゃんを愛していたのに。。。
ちょっと油断し目を離したすきに
エメちゃんの行方がわからなくなってしまった事を
育てる家族として反省し今エメちゃんのいない生活の中で
辛い心情でただただエメちゃんの無事を願い
エメちゃんを心配しエメちゃんの行方をご家族は
探しておられます。
エメちゃんは特徴のある子です。
ヨークシャテリアとしてはとても小さな体格で
何と体重1.2kgの極小
めったとこんなに小さな体格の子はヨークシャテリアの
犬種からしてもいない子です。
行方不明となった当日から今日までに
エメちゃんらしい子を見たと言う情報は乏しく
確実にエメちゃんであると言う情報もないまま・・・
皆様の中にエメちゃんかも?と思われる情報が
あればどんな些細な事でもかまいません。
情報提供をお願い致します。

(例として)
ペット美容店に初めて来た子で成犬女の子みたい。。。
ヨーキーと言う犬種的にめずらしく小さな体格。
(トリーマーとして現在働く方。ご協力お願いします。)
動物病院に初めて来院したヨーキー女の子
めずらしく小さな体格
(動物病院関係者の皆様。ご協力お願いします。)
小さな体格なので胴輪や首輪を購入したいと
小さな成犬ヨーキのためご購入された来店客あり
(犬用品店舗様方。ご協力お願いします)
捨て犬放置放棄犬と勝手なる判断をし
保護犬扱いや里親募集を載せていらっしゃる
ブログやHPを知っていてその中にヨークシャテリアの
女の子がいたと言う(情報提供者)
突然近所の方や知人がヨークシャテリアを保護した又は 
もらったと言う事で現在育てている様だと言う(情報提供者)
ヨークシャテリアを保護したがどの様に飼い主を
探せば良いかわからずここ近日を過ごしてる人を
知っていると言う(情報提供者)
ヨークシャテリアの成犬から近頃育てる家族を知っている。
愛犬が散歩するコース今まで出会わなかった
ヨークシャテリアの小さな体格の子を散歩コースで
よく見かける様になった。(情報提供者)
広島市西区近郊で事故犬となっていた小さな犬を
発見した。(情報提供者)

*アルパーク近し・・・
アルパークは広島県在住の方に限らず
県外からもお買い物を楽しまれる方も多い
そのためエメちゃんは県外に現在いる可能性もある。

*現在どちらかのご家庭でエメちゃんを
無事に保護して頂いているのでは?
  小さな体格のエメちゃん
迷い犬となれば危険はいっぱいなのでは?
この両面からエメちゃんの命を探し続けられるご家族を
当方も応援させて頂きます。
エメちゃんの為にエメちゃんを心配する家族の為に
どうか皆様の情報提供やご協力をお願い致します。

12月2日 追記
mixi内にも連絡用のコミュニティを起ち上げました。

携帯電話 090-2005-4409
メール takami11@ceres.ocn.ne.jp
チームホソノJP 細野貴美

白鶴美術館周辺 FINAL

Dsc01967 Dsc01966 Dsc01965

何か庶民離れしたような洋館が多いでしょう。佐伯やユトリロが描くような。このあたりにはかなりこんな建物が多いですね。そしてその塀のあたりを音立てて流れる水、絵になるという意味では凄くいいですね。

ちょっと無縁でもまあ田園調布でも歩いているような気にもなります。本日16日こちらでは昼過ぎには20度を越えていました。暖房が要らないような陽気です。朝と夜を除けばこのまま春へとまっしぐらですね。

本日次女は職場の送別会とか。乗り気でなくても仕事の一部です。仕方ないですよね。

2009年3月15日 (日)

次女との日曜@三宮 (一度白鶴美術館からはなれて)

Dsc01973 Dsc01977 Dsc01978

来週の週末には次女は妻の家(練馬)に出かけます。本日も例のコースです。「うを勢」でお昼、御寿司を食べてJAZZ喫茶「JAM JAM」へ。一番上の写真は「うを勢」の近くの青空です。昨日がウソのように晴れ渡っていました。

あと「JAM JAM」の店内は少し暗くして落ち着いて音楽を聴けるようになってます。したがって2枚目と3枚目は入口(地下)近くのものです。3枚目の不鮮明さは別にマジックではないです。こうしか撮れなかったんです。

毎週第三月曜の夜7時から詩の朗読会があります。今週=明日はJAZZのレッスンと重なりますが、わりと新規参入もしやすいとか。一度聞いてみて、よければヘタな朗読でもよいのでと言われました。~店の人に。考えてみようと思ってます。

2009年3月14日 (土)

白鶴美術館周辺を歩いて 2

Dsc01953 Dsc01952 Dsc01951

上の写真は武田製薬会長、長兵衛さんが住んでたお屋敷です。長兵衛屋敷と呼ばれてた大きな洋館です。今見ると「武田資料館」となってました。中には入ってませんが、社史のようなものが並んでるんだと思っています。

後の2枚は例の水車の辺りから取り出された住吉川の水です。ひたすらサラサラという音がします。雨でも増水しないようになっています。見えない工夫があるんでしょう。ただ駅方面までの傾斜を利用して流されています。雨の日以外は歩いていても心地良いですよ。阪急御影駅の方へ向かい、その少し下の山手幹線まで流されています。気に入ってる風景です。

まだ洋館とか撮ってますから「白鶴シリーズ」はもう少し続けますね。

2009年3月12日 (木)

白鶴美術館周辺

Dsc01964 Dsc01957 Dsc01959

上の写真は周辺というより美術館の入口です。これぞ御影石なんでしょう。畳2畳分くらいの大きさだったと思います。

中と下の写真は水車の真下です。ここでは勢いがいいですが少しづつ細い水路になって住宅の外を通って駅近くまで流れていきます。細い水路はまたUPしますね。

それで山手幹線はここから500Mくらい下になりますから、住吉川から取水する位置ももう少し南側からだと思います。このサラサラという水の音を聞いてるだけでも随分と癒されますよ。駅からそんなに離れていないのにちょっとミステリァスな感じがします。

2009年3月10日 (火)

今日は歩きました~住吉川まで 改稿

Dsc01962 Dsc01956 Dsc01957

前に山手幹線まで住吉川の清流が流れてる~幅1M弱~写真を載せました。それで今日はその住吉川のかなり上流、子供たちが生まれたマンション近くまで約2キロ歩きました。

上の写真がその元になる住吉川です。あいにく水量が少なくて比較し辛いかも知れませんが、この河川敷は雨が降ると全て川になります。このあたりで幅20Mはあると思います。この500Mくらい上にまさに川沿いにマンション住吉川はあります。僕が27歳のときから長女が小学入学の直前まで住んだところです。地理的には阪急御影駅から、今の家とは逆に東へ進みます。坂道ですがやはり徒歩で駅から17分くらいです。

一応この住吉川、「おいしい六甲の水」とはいきませんが、外観は清流そのものです。ずっと駅近くまで細くても常に流れてます。これは川からそのように住宅街に流される大元近くです。水車まで使ってかなりの迫力場面です。こんな感じで川から水を取り出し、傾斜を利用して心地よく流れるのです。出口で調整してるので大雨だから、この水量が増えることはないです。住吉川は増水しますが。

このあたりをまとめて撮ってきました。ユトリロや佐伯が描きそうな洋館も多いです。ゆっくりと白鶴美術館あたりから、深田池までまた順次UPいたします。

新規に更新する前に本日3月11日は妻の誕生日なんです。忘れるはずはありません。昨年は自宅で点滴を打つ自宅療養と定期に自宅に来てくれる医師と看護グループとの日々でした。ホスピスへ移ったのは4月1日です。

2009年3月 9日 (月)

曇天の日そして一羽の鳥

Dsc01943 Dsc01944 Dsc01946

本日は約15度の気温の曇天の日です。カメラを持って食材を買いに。途中でこんなに近くまで無警戒の鳥が一羽いました。野バトのように見えますがどうでしょう?深田池で撮ったエサをもらうハトとは明らかに違います。

まあ、私がこんなに近づけたんですから普段の素早い野鳥ではないですが。野バトだとしても随分と人に慣れてるんでしょうか?駐車場の盛り土の中でエサを探しているようです。

本当にまだコートは要るものの、日中は暖かくなりましたね。もう3月も半ばに向かってますから。もう受験は終わってる時期ですか?まだ高校なんかは残ってますか?周囲に私学が多くて公立高校のこと、忘れてしまいましたけど。ニュースで受かった人の笑顔とかまだ見てないですね、そういえば。chick

2009年3月 8日 (日)

六甲病院から三宮へ with 次女

Dsc01937 Dsc01939 Dsc01940

本日六甲病院の集いが終わったのが正午過ぎでした。次女と歩いて阪急六甲まで約10分。上の写真は六甲教会直営の小百合児童館という娘の行った幼稚園です。今は修道院になってました。

阪急六甲は神戸大始め松蔭女子大とか学生街でして、御影より当然賑やかです。中の写真はちょっとしたスナック風のお店です。建物に描いてある模様も面白くて撮りました。食事どころはいくらでもあるのですが、同じならと例の「うを勢」~「JAM JAM」と周りました。三宮~元町です。

「JAM JAM」は毎月第三木曜に詩の朗読会をやっており、素人だから朗読はヘタでもよいとのこと。夜7時半からです。ただシャンソンのレッスン日なのでどうするか考えてます。時間はズレますが、結構体力が・・。~現状です。

まあ新しい友人が出来るのはいいことなので、聞くだけでも一度行ってみます。本日のホスピスの集いは良かったです。コメント欄にも書いてるので、再現しませんが。「千の風になって」の話はOKでした。「おくりびと」は高齢の方も多く話せる雰囲気ではありませんでした。

2009年3月 7日 (土)

霧の六甲ー明日は妻が過ごしたホスピスへー

Dsc01928 Dsc01933 Dsc01935

これは昨日の昼過ぎに撮った写真です。小雨がちょっとあがったときです。上の写真は近所の庭の桜か淡い色の梅でしょうか?どうでしょう。

後の2枚は屋根の上に六甲が見えるはずの場所、霧と雲でしょうか?全くといっていいほど見えてません。これも車で山道を走れない状態の時です。本当に凄いカーブの山道で視界が1~2Mといった感じでしょう。安全な場所でひたすら回復を待つしかありません。

さて明日3月8日は妻が最期まで闘った六甲病院のホスピスに次女と参ります。1年以内にここで亡くなった家族が病院の呼びかけで集まります。昨年の4月1日に中央市民病院からこちらへ移りました。ちょうど1ケ月頑張ってくれました。病室の窓からは桜が見えました。廊下へ出て病院の窓から東を見ると我が家の屋根も見えました。妻も車椅子に乗せてもらい何度か見てました。どんな集いになるのでしょう。

2009年3月 6日 (金)

花 はな HANA

Dsc01927 Dsc01929 Dsc01931

先程小雨があがり、例によって食材を買いに行きました。本日は写真に撮るほどの出来でもないので、肉じゃが、簡易なおでん、冷やっこ、納豆、大根のつま切りといったところです。

我が家の玄関にもこんなに見栄えはしませんが、2年間守ってる花はありますがご近所のを写してみました。雨で濡れた感じはないですよね。

薄い色の梅か、早めの桜かというのもありますがまあ鉢植えをUPします。皆さん綺麗に育てておられますよね。他人様のものでも心はなごみます。

最近JAZZもシャンソンもスタンダードを習っているので、古い歌の良さを感じてます。花を見て「花はどこへ行ったの」とか、春風にあたると「風に吹かれて」とか。みんなロック系にもアレンジされフォーク&ロックにもなってますね。ジョニー・リバースとかも歌ってましたよね。

^野に咲く花の名前は知らない だけども野に咲く花が好き

両手にいっぱい摘みゆけば なぜか涙が、涙がでるの^ なんて歌もありました。

2009年3月 4日 (水)

シャンソンレッスンの必需品 改稿

Dsc01918 Dsc01919_2

こんなCDをAMAZON他で探してもどこにもなかったのです。勿論神戸のTSTAYAにも。いまや小さなコーナーに押しやられてます。習う曲ごとに1枚づつ買ってたら大変な出費です。

先週それでも娘と三宮で待ち合わせていて、TSTAYAを覗いたらこれが見つかったのです。東芝EMIからの2006年プレスです。4枚組みのCDです。

不思議です。若いPOP系のコーナーなら新譜がすぐ並びますが、驚いてすぐに買いました。他の受講生の方にも教えるつもりです。原語で歌う、日本語で歌う、1曲をマスターするには両バージョンが必要なんです。

「雪が降る」、「サントワマミー」と諳んじているつもりでも原語は違いました。間違って覚えていたんですね。まあフランス語は当然難しいですよ。汗・汗・(^。^)Aアセアセの連続で明日はシャンソンに挑みますよ。~MERCY ボークウです。辞書は2階にあります。

本日は友人たちのブログを訪ねて重いコメントを数人のところに残しました。独身でも家族を抱えててもとにかく「生きる」ということ自体が大変な時代ですよね。でも重たい人生だからこそ生き抜く、そんなことが必要な時代だと改めて思いました。軽妙を装ったコメントの深い意味も感じた夜でした。いい勉強になりました。

^希望という名のあなたを訪ねて 遠い国へと

また汽車に乗る^

自身を持っているから社会との違和を感じる。でも自身の力を愛する者のために使えるかぎり、人は生きていけます。そうしなければならないと思います。heart01

2009年3月 3日 (火)

JAZZ歌手への道そしてみぞれの空@KOBE

Dsc01907 Dsc01910 Dsc01909

昨日JAZZヴォーカルのレッスンから帰宅したのが9時半でした。7時開始ですからまあ一駅といえどもこんなものです。「GEORGIA ON MY MIND」は何とか歌えるようになりました。アドリブは自然のまま=普通に歌ってもアドリブに=ですが。まあ前回は風邪で休みましたので。そのとき他の方が習っていたのがナット・キング・コールの「LOVE」という歌です。教室でみんなの歌を耳学問してました。

いやでも一曲の世界です。「GEORGIA」を何とか歌ってお許し頂きました。そして真ん中にあるチラシは阪神間でこの青木先生が教えている生徒でセミプロレベルのテストに受かった人=約100人から2人=と先生による発表会のものです。3月29日(日)¥6000でちょっと料理付きです。勿論私は受かってませんよ。

このみぞれの空は本日正午頃のものです。六甲方面を撮ってみました。JAZZで少しでも稼ごうという私の先行きを象徴しているような厳しい天候でした。

ああ早くLIVEにゲスト出演できるくらいの実力が欲しいです。あわててはいけませんが。note

2009年3月 2日 (月)

神戸発ホテル・モントレ・KOBE

Dsc01878 Dsc01879 Dsc01882

派手な飾りはないですが生田神社の近くにある「ホテル・モントレ・KOBE」です。知る限りチェーン店は他都市にはないはずです。1Fにはいると無人の広間でピアノが無人演奏されてます。

在京の友人が仕事で来るときに利用していました。COーOP関係の友人ですが、手配する代々木の本社の女性社員が「いいホテルだから」と押さえてくれたのがはじめです。

もう名前は有名だと思います。中まで入ってないのですがトップシーズンにはいつも混んでるようです。ちょっと撮ってみました。海は見えませんが評判はいいですよ。

友人の方が教えてくれました。今は残念ながらチェーン化して東京・京都他に何店かあるそうです。その代々木から来てた話は15年くらい前ですので。少し残念な気もしますが。神戸でも他のホテルに比べ異質な雰囲気を持っているのは確かです。

2009年3月 1日 (日)

3月1日の空 ソラ SORA

Dsc01897 Dsc01898 Dsc01899

本日食材店に行くのにカメラを持って行きました。3月1日という日は当然年に一度しかありません。冬から春へという感じの一番強い日ですよね。なんということもない晴れた空ですが深呼吸するように見ながら撮りました。

明日はPM7時からJAZZヴォーカルのレッスンです。目下持ち歌らしきものはレイ・チャールズも歌ってる「GEORGIA ON MY MIND」のみです。ああアドリブ効かして歌うのがこんなに難しいとは思いませんでした。

みんなリピートして習ってる人たちの中で(^。^)Aアセアセして一人で歌うのは実に疲れます。歌手への道のりは厳しいのです。土曜にはシャンソンの勉強用に4枚組、100曲入りのCDをTSTAYAにて買いました。AMAZONでも見つからなかったしろものです。まだシャンソンの方が歌になります。しかし同じく歌手への道は厳しいのです。皆さんの応援を背中に感じて頑張ってきます。

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »